自分語り⑤
こんばんは、大字あゆみです。
少し間が開きましたが自分語り続きです。
祖母、母、子、それぞれにすれ違いが深まり、大字の思春期が爆発します。
この辺りから記憶の混濁が激しくなります。特に中学時代と社会人なりたての頃は何歳のときに何処に住んでいて、どこの学校(職場)にいたのかも怪しいです。
時系列はあやふやですが、出来事はわりと記憶に残っているので、書いていきたいと思います。
中学入学、と言ってもほぼ小学校の持ち上がりです。
友達も出来ました。ただ小学6年生に転校してきた身ですから「1番の友達」というポジションが取れないことに寂しさを感じていました。
もうガッチリ交友関係出来てるところに入っていくのは難しいです。
ソフトボール部に入って、先輩にもそこそこ可愛がられて、なんかゴタゴタあって生徒会にも入っていました。
一方、家庭はもうしっちゃかめっちゃかです。
過熱していく祖母のヒステリー。何度も何度も言われた「父親と同じで頭がおかしい。あんたなんか精神病で入院して一生を過ごすんだ」この言葉を真に受けた大字、1人で大学病院の精神科に行きます。
病院は保健室の先生に「病院に行きたい」と言って教えてもらったんだと思います。
電車を乗り継いで、病院に着いて。窓口で話しをすると「保護者同伴でないと診察出来ません」と言われました。確か当時中学1年生(?)
でも、病院の先生がお話を聴いてくれて、「家でよく怒られるんです。病院行けと言われます」的な事を話したと思います。
そのときに、児童相談所の一時保護施設を教えて貰いました。
別の日に学校の電話から教えてもらった児童相談所の番号に電話を入れました。
そして、児童相談所の人、先生、保健室の先生、母親、大字で面談になりました。
てっきり、その場で家族と引き離してくれると思ったのですが、保護施設も受け入れの準備があるとか何とか言われて、この日は帰宅。
すっごく家で居た堪らない気持ちになっていました。
いろいろ大人の間で話しもあったと思います。ですが大字も家族と離れたい思いが強かったので、ひとまず一時保護施設に入所することになりました。
「殴られてもいないのに、そんな施設に入るなんて。本当に虐待されている子に申し訳ないと思わないの?」こう話したのが誰だったかは思い出せません。でも一時保護施設にいる間、大字を困惑させ劣等感を抱かせ続けるには十分な言葉でした。
この一時保護施設には結構長い間お世話になっていた記憶がぼんやりあります。相変わらず時系列グチャグチャなので、時間を長く感じただけかもしれませんが。
また気が向いたら続き書きます。